ナースがプリンを焼く丘の上で(前)




その夜の記憶はこの先もハッキリすることはないだろうが、けして忘れることもないだろう。
2005年2月、国分寺の加藤家において、それはこれから酔いも本番になろうかというとき。

「あんま酔わないうちに話しておきたいんだけど…」

二階の部屋から、アムちゃんが、大事そうに画用紙を持っておりてきた。

それは村のようなものが描かれた、アムちゃん作のお馴染みのタッチの絵。そのとき、はじめて僕とムラは、その計画の内容を知らされた。
動物達、小屋、小川、なんかが書かれていたかな…。
あと、カマドみたいなものとかが書かれていた気がする。
その中に書かれている小屋のひとつに紙が貼ってあった。
アムちゃんがその紙をめくると、その下には僕の名字が書いてある表札が描かれていた。

その絵を中心に四人が座って、僕とムラは彼らの説明を聞いた。
アムちゃんのことばのひとつひとつに僕は打ちのめされた。
何故って、それは自分の考えていた「方法」とあまりにも共通点があったから。

夢でもあり、打算でもあり。
攻めでもあり、守りでもあり。
キラメキでもあり、アキラメでもあり。
日曜でもあり、さよなら日曜でもあり。

答えは簡単だった。
「よし、決めた。 俺、行くわ!」
自分の人生の中で即答できたことってそんなにない気がする。

その前の年の秋、加藤家で「北の国から」が流行っていると聞いて(なんでも彼らはほとんど見たことがなかったらしい)、実はちょっとやな予感がしていた。

アムちゃん、絶対に北海道に住みたいって言いだすな…。

それは僕にとって、単純に友達が減ってしまうということを意味する。
それから間もなく、「あーやっぱりな…」というべきか、
「とにかく、どれぐらい寒いか一度体験しに行きたい!」という話をされた。
「じゃ、ちょうど雪まつりの季節だから、正月も帰ってないことだし、俺らも一緒に行くわ」
ほんの軽い気持ち。バチバチにライトなフィーリング。
まさかその後、自分が北海道の山奥に住むなんて夢にも思っていなかった。

もともと北海道へのUターンは昔から考えていたことだ。そして、もし本気で帰ることにこだわるならば、いくらでもそれはできる。だっていい歳の大人だもん。
しかし自分の道筋に北海道というキーワードが自然に降ってこなければ、帰ることは止めよう思っていた。また、それが降ってくるかはわからないが、もし降ってきたときには、絶対にわかるという自信が昔から僕にはあった。

そして2005年といえば、「結局、自分はこのままずっと東京で暮らすことになるのかもしれないな…。まぁ、東京好きだし、それはそれでいいけど」と感じはじめていたころ。


一軒家は無理だから、自分の歳から考えてもマンションぐらい買っておいた方がいいのだろうか?

だったら今の感じの仕事のやり方じゃ、マズいんじゃないのか?

え?よっぽどの金持ちじゃなければ、首都圏の住居は一生賃貸の方がいい?

それにしても、駅前に今度できた建て売り住宅。なんで仙川に「地中海風」なの?売る方も買う方も全くの謎…カリフォルニアジャパン。

ボロくてもよいから、景色のいい物件。

俺らのころの老後って、どうなっちゃうんだろうね?今のようにはいかないだろうね。

「悠々自適」ってわけにはいかないだろうな。
「悠々自適」って書いたTシャツは着ているかもしれないが。

真冬の北海道旅行は楽しかった。僕達は札幌の実家で彼らとお別れをした。
彼らはそのまま、厳冬期の富良野に向かった。

旅行から帰ってきて、しばらく余韻に浸る余裕もなく、仕事は始まった。
しかしある日の午前中、仕事は始めようかというタイミングで、僕はムラに言った。

「ムラ、カトキチ達がもし北海道に行くなら、おもしろそうだから一緒に行こうよ」

その朝、北海道というキーワードが突如降ってきたのを感じたから。
ムラはその時、たしか別に驚きもしない表情で、
「どうせ行くって決めたなら、早く行ったほうがいいよ」って言った気がする。

アムちゃんからその計画の話を聞かされる、ちょっと前のある日の午前中の出来事だ。

ここからは十勝岳がほんとうによくみえる。あの山頂は雪のない時間の方がはるかに短いのだろう。
そして僕はいま、まさにその貴重な姿を見ている。

それから、2年半。
俺、本当にプリンを作ることになったんだな。
今、アムプリン製造所の小屋の前で彼らを待っていると、すべてが冗談に思えてくる。

僕は正直、若干緊張していた。
友達だった分、今までそういう関係で過ごしたことが全くなかっために、一体どういうことになるのか見当がつかなかったから。
よくいるでしょ、普段は普通によいひとなのに、組織の中ではやけに違う人になっちゃう人。自分のアイデンティティを間違った方法で確立するひと。
案外カトキチとか、そーだったりして。

「きみ、「即時」って日本語知ってる?「即時」って言ったら今すぐだよ、Just nowだよ。高校ぐらい出てるんだろ?きみ。日本語から勉強しよーね」みたいな、いじわるキャラ。わるキチ。
あーやだやだ。わるキチだったらやだな。でもありうるな。

アムちゃんもアレはアレで、「あーもう!さかがわさん、台ぶきは常に8つ折の右閉じっていっているでしょ!キーッ!!」みたいな、ナーバスキャラだったりして。
ここはおもいきって「バ」も取っちゃって、ナースキャラ。
あーやだやだ。アムちゃん、ナースだったらやだな。

エゾナースプリン
「わたしたちエゾナースプリンは、大自然に囲まれた北海道のまんなかで、その大地に育まれた新鮮な素材を使い、ひとつひと愛情を持って、ナース姿でプリンを作っております」

ありうるな、今の時代…。 つか、もうあるかも。 

1台の車がホコリを撒き散らして丘を登ってきた。
黒いジープ。わるっそうな車!それはわるキチの愛車だ。

なんでだろ?意味なくドキドキしてる。

緊張しているのをさとられまいと「群馬県から菓子修行にきた貫井健介(22)という男になりすました宇宙人」というキャラ設定で、彼らを迎えることにした。

ゲラゲラ笑いながら、いかにも悪そうな面の坊主頭と、朝からヘンテコな歌を歌っている女が降りてきた。

「ころといっしょだよ~ ころといっしょだよ~ ころといっしょだよ~(永遠にループ)」

「???」

朝からテンションたけぇな、地球人。
弱気を吹き飛ばすために、彼らが車から降りるないなや、僕は彼らにむかって思いっきり声を張り上げた。

「お、おあっ、おはよーごっざいまっす!。群馬からきた貫井でっす!!いっしょうけんめいがんばりまっす!!よろしくおねがっ、まーす!」

「おーっ、今回の子は元気いいねぇ!(のってきた!)」

「貫井くんはきのうはよく眠れたのかな?北海道も割りと暑いでしょ?」

「ぐ、ぐんまよりは全然涼しいんで、よくねれましたとおもいまっす!」
「あとコンビ二で携帯のお金振込みたいんですけど、あのできればローソンがいいんですけど、ありますっか?」

「いやーここらにはコンビニはないなぁ。でも富良野の町のなかにローソンあったと思う。今度、買出しに一緒に行こう。じゃ、これを運ぶの手伝ってくれるかな?」

「は、はい!」

「じゃ、よろしくまんぼっ!!」

「???」

やっぱりテンションたけぇな、地球人。
朝から意味なくテンションの高い地球人。馬鹿に合わせるのは少々しゃくにさわるが、ここは馬鹿の巣窟で有名なあの地球。 実は我々ベータガジルス星の者には、左わき腹にテンションコントローラーがついているのだ。
この男に合わせて、私はTシャツの上からわき腹のテンションコントローラーのメモリをくいっと「8」に上げた。
その影響で口が半笑いの形になる。

「貫井くんは群馬から来たの?」

ヘンテコな歌を歌っていた、奇妙な髪型の女のほうの地球人がはなしかけてきた。

「そうっです。高校の時、ちょっとやんちゃつーか、へまやっちゃって、おやじに家を追い出されましった!」
「あっ、でも今は、オ、オレ、まじめでーす!よろぴこどうぞっ! 」

「ははっ、貫井くん、かわいいいー!」

テンションの上がりかたは、問題ない良いようだな。
それにしても自分でもほれぼれするような会話の完成度だ。
ベータガジルス星において、私は対地球人対策として、綿密にあらゆる会話のシュミレーションしてきた。
彼らは私が群馬からではなく、ベータガジルスからきたなどとは夢にも思うまい。
そういえば、予想よりも地球人は臭くなかったな。
我々の事前調査データの中に、地球人の口から吐き出される二酸化炭素ガスの「おいにー」が少々キツいとの報告アリ。
それにしても、この女のコスチュームは、我が故郷ベータガジルスのものと非常によく似ている。
やはりこの女が、今回の調査ターゲットなのであろうか?

最近、我々の星のウムという個体に、この星から電波が届いていることが確認された。ウムは一度だけ対象とコンタクトに成功したのだが、それは後にも先にもそれきりだった。
いろいろな検証が行われたが、その真相はまったくの謎だった。
何故3000光年も離れたベータガジルスに、電波をわざわざ飛ばす必要性があったのだろう?今回の調査目的はその電波の発信元とその意図をつきとめるというものだ。

「貫井くん、砂利が濡れているところは滑るから注意してねー、入り口はこっちです。」

「は、はいっ」

やはりターゲットはこの女なのであろうか?
我々の手がかりは、そのターゲットは自分で自分のことを「アムちゃん」と呼んでいるということだ。

女は分厚いドアに細工された、鉄製と思われる奇妙な形の装置を外しドアを開けた。
たぶんその装置は侵入者を防ぐためのものであろう。
この星では、まだ他者のものを搾取する野蛮な行為が横行しているのか?
いずれにせよ、あとでこっそりそれを持ち帰り、解体調査する必要がある。
私はその地球人の女の後ろについて、ついに発信元と予想されるシェルターに潜入することに成功した。それは拍子ぬけするほど簡単に。


ほほほ。ほんとうに馬鹿な地球人∵




(つづけ)





今週読んだ105円本
「顔面麻痺」ビートたけし著