かぼちゃ版





(前回から続く)
「佐波くん、おはよー! あさですよー」などとは言わずに、ちょっと開いていた扉から中を除くと、佐波くんはふとんの中で、口をもごもご動かしながらマンガを見ていた。
ギョロ目の下にはトレードマーク。目のクマがくっきりと。
「もう、佐波くん、知らないんだかだぁ!クマが出てようが、出てまいが、今日はがむばってもらうんだかだぁ!」とバトミントン部の女子マネージャーのようなハッパをかけ、そそくさと起こし、朝ごはんをたっぷり喰わせる。

ウチの朝ごはんはおいしいよ。まずこれが、俺のつくった野菜でつくった俺のつくったぬか漬けです。そしてこれが俺のつくった大豆でつくった俺達のつくったのみそでつくったみそ汁です。具のねぎも俺の歌を聞かせて育った俺のネギです。卵焼きの卵はすぐ隣村からやってきた、頑丈な鶏から生まれたものです。味がものすごく濃いです。
そして一番美味いのは君の好きな白米。これが家の俺の蛇口から普通に出る湧き水で炊いた…と言いかけたところで、佐波くんがお約束とばかりに「おぉ、銀シャリ!」とつぶやいた。
それからは、みなさんのご想像通り。
銀シャリ→何時の時代の生まれだよ的なつっこみ→ニヤリ→ほとんどやよいじだい→キメのポーズで右足ぴきぴき、というルーティーンを無事こなす。やれやれ。
佐波くんが口をシーシーいわながら、今日のポーズのキレの悪さの反省、修正している間を見計らって、ざっと本日の作業の説明をさせてもらうことにする。アーユーレージー?

外に出ると文句のない晴天。暑すぎるくらいだ。太陽の角度が夏と違っているので、こんなに暑いんだけど、やっぱ、もう夏ではないんだね。

倉庫に入れておいた野菜や旗、テントを車に積み込むことから、1日は始まった。
ところが、予想より遥かに佐波くんの動きがテキパキしている。収穫コンテナに一杯になった野菜は、ひとつひとつが結構重いのだが、口をへの字に曲げて懸命に運んでいる。
佐波くんもしっかりしたもんだな。やっぱ、この子もこの子なりにいろいろ苦労をしてきたのだろう…。じーん。おっと、お母さん、まだ、泣いちゃだめだね…。圭一、行くよ!

売り場となる集落センターは、この家からも見える赤い三角屋根。

さぁて…それにしても…。誰も通らない。ただいま交通量ゼロ。
佐波くんが弱気なことを言い出す前に、さぁはじめよう。テントを建てろ!のぼりを立てろ!それっ!それっ!それっ!と、意味なくYOSAKOIバリに。野菜の陳列は、良くいえばアジアのマーケットの雰囲気で。悪く言えば工夫のない。つまり、

野菜をダダ盛る、つまりそれが男の生きる道なんだよなぁ(みつお)

テントもどうにかこうにか完成。いよいよハネモノマーケット出航!!
と、そうは簡単にならなかった。見た目がね、想像以上にショボかったんだ。
テントは緑色にしたのだけれど、周りも緑なものだから沈んじゃって全然目立たない。がっくし。それに何か、もっとごちゃごちゃっとした楽しい感じが欲しいな。こういう時、ムラが居ると、いいアイデアの3つくらいはポンポンでるのだが。
それにこの日差しはかぼちゃに当てちゃまずいぞ。「横だけ幕を貼ろうか?佐波くん、ちょっと手伝って」

佐波くんの方を見ると、彼の顔には油性マジックではっきりと「ここで本当に大丈夫なの?」って書いてあった。いいから。いいから。
とりあえず、段ボールに値段を書いたり、野菜の配置をちょこちょこ動かしている間は、この現実に向き合わずにすむ。
カリフォルニア州アルバカーキ、その砂漠のど真ん中を貫くルート54。茹だるような暑さの中で、延々と車を待ち続ける絶望的なヒッチハイカーのような気分にならずにすむ。しかし、やらなければならないことは、このテントの中にはそうもなかった。いつのまにか、二人は一台も通らない道路を見ながら、目を合わせずにぽつねん、ぽつねんと。

ラジオからは素人俳句講座。

佐波、そこのトマト食べていいよ。

あっ、うん…。北海道、思ったよりもあついね。日差しがね…。

やがて、佐波くんが返事をしなくなった。寝てた。無理も無い。
それにしても喉がカラカラだ。搬入だけで想像以上に体力を使った。ここらには自販機はない。コーラが飲みたい。隣村まで買いに行くか…。朝早くから文句も言わずに、売れるとは思えない野菜売りを手伝ってくれる友に感謝。僕は佐波くんを寝かせたまま、車でコーラを買いに行った。佐波くんはコーラじゃないな。スプライトかな? 帰路は富良野岳が真正面に見える。その文句のつけようのない美しさ。なんくるないさ〜。
富良野岳に励まされながら、車を走らせ、センターが近づいてきたとき。

見たんだ!
対向車線にいる、センターの駐車場に入ろうか入るまいか迷っている車を。

「わぁーお!」(絶叫)

ここは僕が入れば、絶対にそれに反応し、つられて入るに違いない。所詮、人ってそんなもんだーねー!

「よっしゃ、かかれ!」

念を込めて左ウインカーをいつもよりかなり早めに点けると…。

ひっかかった!
それを見たその車は、右ウインカーを点けて、けったいなTシャツを着た男が寝ている駐車場にスルスルと入ってきたのだ。さながら食虫植物にひっかかった虫のごとく。

や、や、やったー!おっ、おっ、おきゃくさん第一号だど!!

車を降りるなり僕はテントの中に。立場を急変させると、虫おじさんもびっくり。すいませーん。実は僕が店長さんでしたー。

「全部、ここの土地で穫れた野菜です」声も小さく、言い慣れてない感じバレバレ。

「見かけはわるいですけど、めちゃくちゃおいしいですよ。」

「このスイカは?」

「これは農家の方が自宅用に作ったものなんですよ。持ってみてください。めちゃくちゃ重いですよ。割ってみますか?」

「いやーいいわ。じゃ、このスイカ3つちょうだい!

記念すべきハネモノマーケット、初めてのお客さんは、3つでいきなりの1500円の売り上げとなった。やりー!1500円あれば、ベビースターをお茶缶に一杯入れてもまだ入りきらないぐらい買えるぞ。佐波、おまえもベビースターでいいだろ? 何?ビックリマンチョコの方がいい?うるせーばか!
(このスイカ、後日、自分でも食べてみたんだが、これは美味かった!未体験の食感。サクッ、サクッ、サクッ。あれが本当のスイカの姿なんだな。あのおじさん、愛の罠に引っかかってよかったわ!)

「これから10月まで週末やりますので、よろしくおねがいします」

赤坂の料亭で毎夜見られるような、御なじみが黒い車に乗り込むときの、女将の垂れる頭の角度のやや増しで、僕は頭を下げ、その車を見送った。へへっ。

どうだ。

売れたぜ。

佐波くんもいきなりの展開に驚いて、ズボンのチャックを上げたり、下げたりしている。これは彼が胸にこみ上げているときによくやるクセなのだ。佐波、泣くなって。

1つ売れてしまうと、いきなり気が楽になった。農家の方から預かっている以上、なんとしても売り上げゼロというのは避けたかった。さっきの食虫植物作戦に味をしめた僕は、さっそく自分の車のハザードをつけテントの目の前に路駐した。ワナ!ワナワナ!
いきなり、やる気、当社比、2割増し。段ボール看板の倍増。立体的な陳列に挑戦。のぼりの位置の修正。スマイルOK。気持ちの上での指差し確認。数字の上での大陸横断。宿帳の嘘。ディスプレイアイテムとしてのザルを最大限に生かしきった所での、顧客に対する二人羽織的なアプローチとコンプライアンスの確認。モードを「お客EYE」にチェンジ。一番のオススメから目線が流れていくように配置転換。かぼちゃ良し。だいこん良し。
SAY! スイートコーンはいかがですか? ワンモア!スイートコーンはいかがですか? 


などと、浮かれて二人でじゃれあってみても、やはり来て早々の彼を、この炎天下に置いておくのも気がひける。搬出のときに手伝ってもらえればいいから、佐波くん帰って寝る?

それにしても、あちーな。
お昼の時間になると車の流れも皆無というわけではなくなった。買いそうもない人というのは、最初から買いそうもない。遠くからわかる。せっかく、こんな景色の中をドライブしているのだから、せめて今は携帯を見るのは止めようよ、助手席のかわいこちゃん。
僕の目の前には、ただかぼちゃがゴロゴロと。

僕などまるで存在しないかのように通過する車を、目で追うこともなくただただやりすごしていると、なんだか笑えてきた。
ラジオからは、依然、いいのか悪いのかわからない俳句が流れている。
この感じって、ほとんどあれじゃん、あれ。

限りなく、つげの「無能の人」に近い。うん、あれのかぼちゃ版。 

石が、かぼちゃになって、さぁ大変!どじょうが出てきてこんにちわ。坊ちゃん一緒に遊びまっしょい!

笑えるのか笑えないのかわかんないけど、ひとまずここは笑っておくのが俺のスタイル。我ながら、とんだ働き盛りだな。うーん、新しい。新しすぎ?いつか時代と寝てみたいもんだ。南無。

その後、延々と横から照る太陽を浴び続けながら、4時ぐらいまで僕は俳句を聞いていた。お客さんはといえば、その後、ぼっちゃんかぼちゃを買ってくれた女の人だけ。
だけど、止まってくれただけで超うれしい。ドアから出てきてくれたなら、その人には天国を見せてあげたい。舞い上がった俺は、その女の人に気味悪いぐらいの量のおまけをあげてしまった。おまけにも適正な量ってのはあるよな。まぁいいや、かわいかったから。あと損して得を取れって言うでしょ? 今日はおしまい。あれっ?佐波くん、こんなに暑かったのにスプライト飲んでない…。

えらく疲れた。たいした労働ではないのだが、なれないことって疲れるね。ばっちり日にやけて、顔が火照ってる。ひさびさにビールが美味いな。

「Gさん、俺ね、白状すると、ぜってー売れないと思ってた」

佐波くん本当に大人になったな。そういうことを内に秘めつつ、俺のためにがんばってくれたんだ…。が、しかし、ここまで!

次の日、前日ちょっと無理した佐波くんは、やっぱりいつもの佐波くんになっていた。
口をもごもごさせながら、きっちり午後4時に起きてきた。

ま、定時です。

いいんだよ。

ただ解せないのは、何故にたっぷり12時間眠った後でも、目の下にクマがあるのかということ。

そのクマにちょっとイラつく。

飲みかけのスプライトは、その後も結構長い間、テーブルの上に置かれたままだった。

その後、風の便りで佐波くんが炭酸が苦手だったと聞く。

ちーらない。







今週読んだ105円本
「ビーチ」アレックス・カーランド著

※佐波くん、次の日やっと観光らしいことできました。

 写真は石の家の前で御満悦の氏。
※カリフォルニア州アルバカーキに、ルート54という道路は走ってなさ  そうです。あくまでも雰囲気、雰囲気。
※書きたいときに書くなんて、生温いこと言ってすいません。

だけど、しばらくこのペースでやります。次回はたぶん来年早々ぐらい?でも、今回も思ったより早くできたました。
※良いお年を…ってはえーか?