ヘアーの季節





春にきたトネリコの二人が置いていった山田太一の「早春スケッチブック」をやっと見た。河原埼長一郎氏演じる小市民的価値観と山崎努氏演じるアウトロー的価値観の対比が描かれた傑作ドラマだ。今から考えると社会が社会として機能していたまだ世の中に芯のある時代、しかし今となってはそこに呑気な空気も感じてしまう。

「生きるってことは、自分の中の死んでいくものを食い止めるってことよ。気を許しゃすぐ魂は死んでいく。筋肉も滅んでいく。脳髄も衰える。何かを感じる力、人の不幸に涙を流す能力なんてのも衰えちまう。それをあの手この手を使って食い止めるってことよ。それが生きるってことよ」と山崎演ずる写真家は吐く。

きょえーっ!、頭の周りがしめつけられるーっ!たまりませんな。
生きるってことを計る定規としてそれが正しいか否かは別として、そういう類いのノリは嫌いじゃない。このセリフだけは3回繰りかえして見た。これまた山崎努の顔がすさまじいんだ。役者ってすごいよね。

自分の周りには佐波くんを含め、ちょっと限度を越えた山田太一ファンが大勢おり、昔から誰かの家に遊びにいくと半ば強制的に見ることが多かったので、このドラマも見た事はあったのだ。しかし時が違えばひっかかるところも違うもんです。昔から樋口可南子が大好きで、前に見たときは彼女ばっかり見てたかも。
そして、むちゃくちゃやってるだけにしかみえなかった写真家は、今見ると少しノーマルにさえ見えるから不思議だ。
そう思えるのは、自分が変わってるということもあるのかもしれないが、当然世の中全体がかなり変わってきているということもあるんだと思う。

比較の対象としてのアウトローであるとか、比較の対象としての小市民であるとか、そんな対比が描けるような単純な社会じゃなくなった。卵でたとえるなら、黄身と白身がはっきり別れていた目玉焼きの時代から、誰が誰だかよくわからない卵焼きの時代へ。
んー言いえてない!でも悲観するようなことじゃない。卵は卵だもん、どっちもおいしい。
今の世の中、たとえば自分の母親が不安がるもの無理はないんだけど、ここまでくるともう「脱いじゃったもん勝ち」だと思うんだけどな。

かあちゃん、ヘアー出してこうよ、ヘアーを。

服を脱ぎすてたものだけが泳いで対岸にたどり着ける。怖がって何かにしがみついたものは溺れる。そんな気がする、今日、日曜日。彼の答えはそう、なすがママに、なすがパパに、なすがママに。



NKK、こんなどうでもいいようなことを書いて今回で30回。結構達成感はあります。
30回ですよ、30回。くにちゃん、30回ですよ。クラッカー、パン!パン!ですよ。
最初の頃はよく「けーちゃん、あれ長過ぎ!」ってよく言われた。
言われてより長くしてやった。情報にも深さ(あくまでも自分の中での)ってのがあるから、自分の中の伝えたい心層を説明する気になると、どうしてもこれくらいのボリュームにはなってしまう。つまり下手なんだ。それを棚に上げて、最初から見る側の体力に合わせるつもりもサラサラなかったのだが、とはいっても、見る人にとってはけして読みやすいものではないよね、クセのある文みたいだし。長々とした駄文をまとめる努力を放棄してると思われてもしょうがない。毎回キチンと楽しみにしてくれる人はそんなに多くはいないと思うけど、そんな付き合ってくれている体力のある人達に感謝します。鉄矢よろしく106回までは意地でも続けるつもりです。いや、続くといいな。



そんなこんなで2度目の夏。
朝、下に降りてきてもやっと肌寒さを感じなくなった。最近は起きてバンツ一丁でそのまま畑に出てしまう。出来るときにできることを存分にやってしまうのが北のスタイル。朝、パンイチでそのまま外に出られることの幸せ。またひとつ季節が進んだことを己(おのれ)のネジの取れかかったコスチュームで再確認する。なんか、俺、すごくゆるい人間になってる。ま、望むところなんだけど。
6時45分にはすでにキツめの日差しが降り注ぎ、日に当たったところがピリピリとする。このピリピリはここ平沢が高所だということをその都度実感させてくれるんだ。こりゃ野菜も美味くなるわけだ〜ね(志村けんのコントの中に出てくるババアのように読んで!)畑の中を通り抜ける風はまだ冷たい。背丈がまだ80cm程度のスイートコーンがたなびいてゆらゆらとゆらぎ踊っているようにみえる。僕のキンタマもヘアーも風に吹かれてゆらゆらとゆらぐ気持ちのよい朝。男として生まれてよかった。レッツダンス。

ところで畑の僕の子供達。それがね、正直、今イチの出来。
あんだけマンガを読んだり肥料の勉強したりして、下調べをしたのに。声もかけてるんだけどな…野菜に俺の下心がバレてしまったのかも。

「あっ!あのキンタマのおっさん、また来た」

「あの人って結婚してるんでしょ?信じられない。奥さんかわいそー!」

「あれから比べたら、俺たちの方がよっぽどシャンとしてるよな」

「さっき、パンツの横から見えちゃったんだけど「おっさんの漬け物、漬かりすぎ!」って感じだったわよ。あーキモイ!」

「あいつ、来世はししとうに決定」

「声かけ以前に、どもってて何言ってるかわかんねーし!」

とかいわれてるんでしょうかね?
それにしても、去年のきゅうりはもっとバッリバリだった気がするし、ピーマンも、もっとブリブリッとした感じだったような気がする。これは気のせいではないと思う。んー。

「結局ねぇ、あんた、野菜は出来は肥料の量なのよ〜 声なんてかけてもダメなもんはダメなのよ〜 あんた馬鹿だ〜ね」(また、志村ババアの感じでよろしく)

(後に畑の不出来は自分の畑だけではなく、周りの農家さんも一緒だったと知る。農家さんでさえ今いちだったのならしょうがないや…)



ところで、僕たちの夏は集落センタ−の草刈り後にやるジンギスカンで幕を開け、東山のふるさと祭りで最初のピークを迎え、金山湖の花火大会、へそ祭りとなだれこみ、ライジングでフィナーレとなる。そして今年は友達も来る。もう肌寒くなっているであろう夕方、外で火を焚きながらみんなで酒を呑もう。楽しみだ。たぶんそれで夏が終わりとなるはずだ。

そしてまずは東山のふるさと祭り。田舎暮らしはひとつひとつのイベントに対する人々の思い入れが都会とは違う。人々の「短い夏、今日は楽しんでやるぞ!」というガッツキが会場に充満してて、それが否応なく伝わりこちらも舞い上がる。いろいろ祭りは見たけど、ふるさと祭りは規模が小さいが逆にかなり祭指数は高いと思う。

祭指数って何やねん?

そしてこの祭りが外せない最も大きな理由は、ずばり生ビールが飲めるからというもの。今の僕達はビールサーバーの出現にでさえ昇天できるのだ。ほっほほーい!はっきり言う、これは進化だ。
ちなみに、ここらでは祭りという言葉の他に「ビールパーティー」って言葉をよく使う。最初「ビールパーティー」ってどういう意味なのかな?と思い、いざ行ってみると、それ以上の意味でもそれ以下の意味でもなかった。だっふんだ。
そうさ、生ビールのサーバーがあればそこはもうビールパーティーなのさ!それにしても道産子はパーティーって言葉が好きなのかもな。北の国からでも「電気の下でパーティーだ!」っていう有名なセリフがあるじゃない?
ま、そんな話はいいんだけど、その祭りで移住したばかりの例の「スーサイダルのお兄さん」こと太一くんとその奥さんのマッコちゃんとやっと会えた。

太一くんはここの景色を見たときにあまりに感動して鼻血を出したという逸話を持つ青年。

これは冗談じゃなくて本当の話。血圧が高すぎると本当にヤバいよね。
それにしてもこの青年、春のグチャグチャな平沢を見て、鼻血を噴いて、さっさと話をつけて、ジープで海を渡り、ニコニコしながらもうふるさと祭りをウロついてやがる。まだ若いのにあなどれないぜ。早めにつぶしとこっと。

「あれ、スーサイダルじゃないんですよ」と会うなり彼に言われた。

ぎょっぎょっ!(古っ!)えっ?そうなの? というよりここ読んでるの?
「スーサイダルのお兄さん」と表現をすることになるきっかけになった、「SUICIDAL TENDENCIES」と書いてあったように見えた緑のウインドブレーカーのことだ。

「あれスーサイダルのロゴをもじった、EMPIREっていうブランドのロゴなんですよ」

ちぇっ、のっけから間違いの指摘かよ!(太一くん、ウソよ)まっ、のも、のも。

太一くん達は、なんでも、すでに地域の人達と顔合わせをすませているということだ。

「さっそく歓迎会でビックマン(甲類焼酎)にやっつけられちゃって。あれヤバいす」

その晩「ここに住むのならコレ飲めなきゃダメだぞ」って暖かいアドバイスをもらって、その気なっていっちゃったらしい。このアルコールは呑み慣れてないと沈没する。僕も来た早々沈没したのを思い出した。もっとも今じゃ大好きなんだけど。つまみを選ばないその懐の深さ。魚も肉も野菜もなんでもこい!「でかい男」って名前は伊達じゃないぜ。

「芋? 麦? そば? 泡盛? しゃらくせーぜ!! 俺たちビッグマ〜ン!」

ビッグマンはもはやここらの地酒だ。ちなみにビールで割る飲み方をすると一目置かれる。

気がする。

話戻して太一くん。
仕事で使うネットが繋がっていることを想定していたのにも関わらず繋がっていなくて、少々落ち込んでるそうだ。なんだか自分の時と良く似てる。まっこちゃんも軽くホームシックになっていると言っていた。
無理ないよ。違いすぎるもん。旅行者としての視線で見るのと、実際に住む人の視線で見るのとは景色の見え方は全然違う。

「ここにずっと住むのかよー」

これは経験しなければわからない。ましてや関西から来た彼らからすれば相当異次元の風土だろう。カトキチ曰く、ここは「言葉が通じる外国」らしいから。
もっともその異邦人感覚は元々道産子の自分からすれば、少しうらやましいんだけどね。
自分も1年半前は、けして苦労という言葉は的確じゃないけれど、大変じゃなくはなかった。だから彼らにはもう今では忘れかけつつあるその感覚を必死に心の樽の底からすくい上げ、手のひらの上で思い出し、それを見ながら何かアドバイスしたかったのだが。

おじさん、もう結構酔っぱらってきています…。

顔では真剣に話を聞いている風を装っているが、頭の中にはやんわりとしたお日様が出て来ちゃってます。結局「大丈夫だよ、全部慣れるから」そんなことしか言えなかった。

でもまだここに来て10日ぐらいだろ?自分達のその頃はもっとあたふたしてたんじゃないかな?こんなたくましい人達に僕から言ってあげられることなんてないな。
朝には天気が悪かったものの、ちょっと日差しも出てきたりして、そこに生ビール。きてるねー!
しみったれた話は置いておいて飲んで、喰おうぜよ。
1個200円の焼き牡蠣が美味いことを発見した僕たちはそれをむさぼり喰った。

「この牡蠣やべぇ!この牡蠣やべぇ!」

うめくように牡蠣の美味さを表現する青年を見て、やっぱりこいつは早めにつぶしておかなければと心に誓う。

でもあっぱれだよ、太一くん、まっこちゃん。服を脱ぎ捨てて対岸に渡ってきた君たちに乾杯!4枚綴りのビール券はとっくになくなりビールを何杯のんだかも憶えていない。飲んでも飲んでもあちこちからビールが廻ってくる。ふるさと祭り最高!
毎年恒例の演歌ショーのリバーブがほどよくかかったサウンドをバックに自問自答する。

俺の方が逆に脱ぎが足りないんじゃないか?パンイチじゃ甘いんじゃないか?パンツを脱ぎ捨て次のステージに行くのだ。今すぐ!

さわさわ〜。

僕は浴衣を着た年頃の女の子の横で心のヘアーを風にたなびかせてやった。


心のヘアーって何やねん?





今週読んだ105円(級)本
「適当日記」高田純次著

※一番上の写真は白金温泉にいく途中に出くわした滝。水の色、すごくないですか?

※ビッグマンはその後、我が家では禁止になりました。4リットルボトルがガンガンに減る様を見て、自分でも恐くなったというのもあります。ちょっと彼と距離を置こうと…。
※次回更新は10月5日です。