ユニットバスストーリー (まいっちんぐ覚悟先生編)




案ずるより生むが易し

これ誰?考えたの。
もしその人物に飲み屋で会ったら、肩をポンと叩いてこう言いたい。

「その通りだぜ、兄貴! もろきゅう、おごるぜ」

考えれば考えるほど深みにはまってしまうようなこと、出口が遠のいくようにみえることでも、とりあえず手を動かすうちに、ポコンとできることもある。
9月29日夜、やっと風呂が生まれた。どうにか冬に間に合った。
確かに、案じてばかりじゃ絶対無理だった。
達成感あるね。かなり。つうかこんな感じ初めてかも。できると思わなかった。
長かった。

「ほんと、やればできるもんだ! おっかぁー!(リヴァーブ)」

僕は湯船の中でお湯を無意味にぐるぐるかき混ぜ、誰にも知られることのないこの地味な記念日を祝った。そしてムラと自分を褒めた。
おいおい、この家にユケムリが立っちゃってますよ!
ユケムリの向こうは、毛むくじゅら…。

おっ! リス。 あのリスが風呂釜のはじに座っていた。

「おっ、SOOさん!久しぶりじゃん!」

「最近、バイト、また始めたからね。わたくし暇じゃないことよ」

「今度の時給いくら?」

「それより、やっと出来たのね!」

「出来たよー!出来たさー!出来たのさー! ディー・イー・ケー・アイ・ティー・エー!」
「ところでSOOさん、どっか完成する度に現れるよね」

「それは、私の都合じゃなくて、あなたの都合なんでしょうけど…。でもね、わたし、リスなだけに、一時はどうなるかとけっこう心配してたのよ…」

「そのリスなだけにってどういう意味?」

「だって、春ぐらいからやってるのに、全然進まないんだもん」

「だからさ、そのリスなだけにってどういう意味よ?」

「お風呂、ずっとどうしてたの? 入ってなかったの? うふふ」

「いやー、ここらには温泉たくさんあるから。おかげで、この半年でかなりの肌つるつるおやじになりました! らっきょうおじさんと呼んでくだっさい!」

「やだよ」

「そういえば、SOOさんのこと、けっこう聞かれること多いよー。こないだもさ、「リスは元気?」って聞かれて、「えっ?リスは飼ってませんけども…」って答えたのよ。
なんだ?リスって?って。後で分かったのよ。リスってSOOさんのことなのよ。俺も実はSOOさんのところは、どうせみんなすっとばして見てるんだべな…。って思いながら書いているからさ、思わぬ反響に、肌もつるつるなんだけどさ、つまり、SOOさんよかったねってこと」

「あなたがね!」

「まぁ、それ言っちゃうと、どっちらけだべ?」

そもそも、この家にきた当初、もう1戸の候補があった。
平沢についたその日から、通信は届く、届かない、風呂がある、ない、柱が腐っている、腐ってない、などなど、すったもんだ。 こっちには少女の幽霊がでるけど、こっちは熊が出るとか。そしていろいろな要素を天びんにかけ、最終的にこの家にしたのだが、この家の風呂場はもう使えない状態だった。
しかし、僕らが東京にまだ居るときに「ガスと灯油をある業者から買うことにすると、その業者がポンポンと風呂をつけてくれるらしいよ」とカトキチから聞いていたので、「しばらく風呂は温泉通いか… それもいいな」なんて気楽に考えていたのだ。
それから半年間、この山奥で風呂なし生活になるなんて、そのときは

思ってもみなかった。でも、それはけして「苦い思い出」ではない。

とにかく、平沢に入った当初は、その他に直すところがありすぎて、まずできるところから、順々にかたずけていくしかなかった。

そんなわけで、風呂…もう見ない。これ以上、考えること増やしたくない。
俺の視界に入ってくれるなよ…風呂釜の兄貴。いくら兄貴でも、そのときは容赦しねぇぜ。
ムラはやはり心配してる。ムラが風呂のことを言いそうになると、俺、何回も激怒。
だって当時、僕の容量はイッパイ、イッパイ。
そんなところまで、気を廻すなんてとても無理だった。つまりパンクしていた。よえーっ!
今考えると、通信はおろか、ガスも風呂も便所も洗濯も不自由なときに、台所の配管が地中で外れていることを発見したときがピークだったな。それもまだ全然寒いときにだぜ。ところで、なんで「だぜ」なの? 流せないから排水は全部タライに溜めて、1杯1杯捨てに行ってさ…。確かその晩は痛飲した。神に抗議の意を込めて…。
でも、あれ以降、なんかのスイッチが入った気がする。「これはこうじゃなくちゃ絶対ダメ!」っていう固執した考えは、こういう環境では苦しみを呼ぶだけなんだって気づいた気がする。

動物のようにいきよう。臨機応変に。目標四足。

それは確かに、今までの自分に一番欠けている部分でもあった。

でも、最初からはそうはいかない。風呂のはなしだけど、そのパンクしている頭の上に、ムラがそんな難題をポコンと載せようとするもんだから、むしょうに腹が立つんだよね。その怒りは理不尽以外の何物でもないんだけど。
だけどね、僕もねなんとなくわかってた。ムラが心配している感じが。横目でぼやっと考えれば考えるほど、風呂がポンポンとつくとは、思えなかった。そんなスペースないもん。いやな予感はしていた。

この場所にほんとうに風呂つくのかな? 

そこは便所の前の踊り場。2畳ぐらいのスペースかな。
まぁ、いいや。つかなかったら、そのときはそのとき。
温泉通いは楽しかった。夏のはじまる前までは。
暑くなってきてからが、もう…。今年の北海道の初夏はけっこう蒸した。
毎日は温泉行けないからさ、だって遠いし、高いしさ。だけど、
僕は濡れタオルでちょこちょこっと拭いて、あとはビール飲んじゃえばゴキゲンなのさ。なんか異様に枕カバー汚れるのはやくねぇ?ぐらいのノリで。ひとつ、おねがいします。
でも、ムラは大変だったと思う。うん。

僕たちはそのとき「覚悟」を決めなければならなかった。

富良野から業者のOさんがやってきた。つまり、いよいよPONPONマンがやってきた。
Oさんはプロパンガスを付けにきてくれたんだけど、僕の中ではそれはどうでも良い。はやくPONPONの話にもっていきたい。たぶん、大家さんから大体のいきさつは伝わっていると思われ…。

「あら、この風呂、ここまで壊れちゃうともう使えないよ」

「そうなんですよ(にやにや)」

「どうしてんのさ」

「あー、温泉とか行ったり」

「これからの季節、風呂ないと大変だべさ」

いい感じに話が流れていった。

「うちでこれからずっとガスと灯油を捕ってくれるなら、風呂つけてあげるよ」

このセリフ。僕。待ってた。頭の中からマックスパワーでアンジー。イエ。イッテクレ。
しかしOさんは、風呂場を抜けて、ガス台の作業に戻ってしまった。 ナーッ!! わしゃ、フツオかい?

「あっ、あのガスと灯油、そちらから捕れば、風呂はなんとかしてもらえるって聞いてたんですけど…」

「あの風呂かい?」

「なんかユニットバスみたいなやつは、簡単にポンポンって付くって」

「どの場所にさ」

「今の風呂の前の踊り場」

「あんな場所、小さすぎるべさ!」

や、や、や、やっ、やっ、やっぱり!!! おっかぁー!(リバーブ)

「そっ、外に置くのはどうですか?」

「冬寒いべさ、ここらの寒さったらは半端ないぞ」

「じゃ、ここはどうですか?」

僕は風呂の対面に出っ張るように作られていた、基礎が陥没して歪んだ床の物置を指差して言った。だってもう必死ですよ。必死。こっちは山奥で風呂なしか、リアル五右衛門確定か否かの大勝負なのですから。

「ここかい…」 Oさんの顔がみるみる曇りだす。

「ここはちょっとなぁ…」

沈 黙

もひとつ 沈 黙

もいっちょ 沈 黙

あーやっぱりダメか…。

「まーできんこともないけどな。やってみるかい?」

「人間、「覚悟」さえきめてしまえば、たいていの事はできるもんだぞ。要はやるって「覚悟」するかしないかの問題なんだ」

「俺もな、若いころ、こんな立派な家でないぞ。もっとボロい小屋に住んで、直しながら住んでたこともあったんだ。便所も風呂もないぞ。全部自分らで作ったんだ。なんかそのときと、おたくら、重なってな」

「やるかい?」

「やります、やります! やるしかなんで」

「でも、今、うちらのところにユニットの余ってるのないぞ。ユニットじゃなくて、ここに風呂場つくっちゃえばいいでしょ、思い切って。」

Oさんは物置の中で身振り手振りを加えて、説明をはじめた。

「ここにふろ釜だろ。この窓はつぶしてよ。ここにボイラーつければいいしょ。ボイラーならよ、シャワーも入れるぞ!」

シャワー キラキラした都会的な言葉。こんなオラでも入っていいんですか?

「床もこの基礎使えないからコンクリ打っちゃえばいいしょ。俺、ミキサー持ってるからよ」

Oさんがだんだんのってきた!ついにPONPONマンに変身した。

「なんかな、もうここまで関わった以上は引き下がれないもな。やろう、やろう。
明日、壁作るのに必要な材料、持ってきてやるよ。なるべくお金かけないようにしなさいよ」

「なに、「覚悟」さえ決めちゃえば、大抵のことはできる」

助かった…。Oさんにすべてやってもらうなんて、そんな図々しいことなんて考えてもいないし、たぶん自分たちの手でほとんどつくることになるのだが、風呂ってどんな造りになっているのかさえ知らない僕らには、聞ける人ができたことだけでもありがたい。
だってさ、排水ってどうやって作るかわかる?佐波くん。基礎は?壁は?防水は?


翌日の夕方、本当に街からOさんが奥さんと一緒に4トントラックに廃材を積んでやってきてくれた。
奥さん、ちょっと不機嫌だった。ほほ。

「じゃあな、この材料使ってこれからがんばろ。俺、時間空いたら電話するからよ」

走り去るトラックに僕とムラは敬礼。オレンジ色の空。白いトラックがオレンジ色になってた。

その日は玄関前で、七輪でジンギスカン。
最近は簡単だし、おいしいし、玄関まえのスペースでなんでも焼いて食べるのが、お気に入りメニューに追加しますか? 野菜も自分の畑からピーマンとかをもいできて、すぐ置いて焼いちゃう。特にこのオラ自家製のピーマン、前にも書いたけど肉厚がハンパじゃない。そんなタフガイを、切らないでそのまま丸ごと焼いちゃう。穴開けてそこからしょうゆ垂らして。これね、旨いよー。ものすごく旨い。これ食えるだけでも、畑やってよかったって思うもん。

街燈なんてないから、家の玄関の照明だけが頼り。でもかなり暗い。その日はカトキチも来て、そのままその場は「スナック暗がり」に。

「いやー、ほんと、いい人と知り合ったもんだな」

「ついてるね、の〜ってるね」(小泉今日子の例のフレーズ)

「やったね〜」(小泉今日子の例のフレーズ)

オラ、目星がついてほっとしたのか、なんかいつもよりテンション上がりめ。
加藤家は常に怖いくらいにテンション高い。実際、怖くなるときある。
ムラも明るい。オラ、酔うと同じフレーズ繰り返すみたい。
特に小泉今日子好きみたい。

頭の中にちょっと隙間だできてきたぞ。今宵はいい夜じゃのう…。

が、しかし。 が、しかし。

その後、Oさんから連絡はパッタリこなかった。

少し不安ひろがる。 Oさん、忙しいのかな?

後日、やっと待ちに待ったOさんからの連絡があったのだが…暗めのテンションでこう言われた。

「なかなか時間空かなくて、わるいな。でも、あれ、あれよー、よく考えたらやっぱ無理だぞ」

「えっ!! 無理? あっ、あの、無理って…」

「ついてるね、の〜ってるね」
僕の頭の中で、逆になぜかこのフレーズがループしていた。


まいっちんぐ!!


つづく




今週読んだ105円本
「豚」の人生「人間」の人生 落合信彦薯