猫の体の真ん中に在るのは完璧な静寂さだと思う(クロちゃん編)




クロとシロのその猫は、ネッキンよりもひとまわり大きく、顔も間延びしてみえた。
なんかガイコツっぽい。かわいくない。

「前におまえと同じ登場の仕方をした猫が居たんだよ」

ここらの野良猫界では、ここは餌がもらえる場所として噂にでもなっているのであろうか?
しかし、僕は動物はもう当分飼うつもりもないし、ましてやムラは一生飼わないとまで言い出している。
だからね、餌が欲しいならどこか他をあたりなさいな。ばいばい。
僕は仕事を再開した。もう一度外を見たときには、もうその猫は居なくなっていた。
夏の間は窓のサッシを開けっぱなしで毎日作業する。その猫はそれを知っているのか、マメに通ってくるようになった。

クーラーの室外機の上でずっと寝てたり。(後ろから見ると、太ももがプクッと横に張り出し、それはまるで黒いポルシェカレラのバックビュー カッコイイ!)

「カッコイイでしょ?わたしのポルシェポーズ」

庭の枝を目を細めながらぺろぺろ舐めて帰ったり。(猫って枝とか細いものを舐めるの好きだよね。あれがイマイチ意味がわかんない。)

「かわいいでしょ?わたしのペロペロ顔」

たぶん自分のいちばんかわいいポーズを、わざわざ見せにきてるんだと思う。プリティプレゼン。猫を飼うまでは知らなかったけど、彼らはかなりの頭脳派だ。それぐらいのことはするんだ。

ネッキンの時のこともあり、僕は家に入れたり、餌をあげたりしたら最後だと思っていたので、皆勤賞確定ぺ−スのプリティ攻撃にも僕は負けることなく、距離を置いていた。
つもりだったのだが…。冬も終わることには餌をあげてしまってました…
でも、どういう経緯でそういうことになったのかは覚えていない。
雨かなんかが降ってて、あまりにかわいそうだったから…だったような…。

そっと撫でてみると、毛は固めでやけに筋骨隆々としている。手足は華奢だったネッキンとは比べ物にならないくらいモリモリだった。メスなのに猛者の雰囲気。持ち上げるとかなり重かった。そしてとにかく動じない。ふてぶてしい。肝がすわっている。そして特筆すべきは顔がガイコツ。ほお骨系。

だけど、この猫は飼うわけにはいかない。だって、そのころにはもう北海道に行くことが決まっていたのだ。猫を連れていくのは無理だろう。それにも増して、こいつも寒いところには行きたくないだろう。

カトキチが家に遊びに来た。「また入れちゃってるじゃん。ダメじゃん。どうするの?」

そんな曖昧なでだらしないことを、しばらくしていた。ネッキンが死んでから1年くらいたったころだったころかな。
「クロちゃん」なんて呼び始めたら、もう終わりだよね? 佐波くん。

家を二人とも長いこと開けるようなことがあると、雨の中、閉まった雨戸のシャッターの前でずっと座って待っているクロちゃんを想像してしまう。
餌は他の人にもらっているのを何回か目撃したことがあるので、大丈夫だとは思うのだが…。
何日かぶりに家に戻り、シャッターを開けると当然クロちゃんは居るわけもない。寂しいけれど、これでこの家を諦めてくれたほうが良いのかも。次の日もまたその次の日もクロちゃんは現れず、クロちゃんともいよいよお別れだな、と思い始めたとき、遠くからすごい勢いで、鳴きながらから家の中に飛び込んできた。眼が真剣。鬼の様な形相の猫。というより猫のような鬼。

「てめぇら、どこ行ってやがったんだ!」って言ってるよ、たぶん。とムラが言う。

そのとき、ホッとしちゃいけないんだけど、ホッとした。うれしかった。
僕らはそろそろ、クロちゃんに対する態度をハッキリ決めなければならなかった。
決めないとクロちゃんがかわいそう。
もし飼わないのなら、僕らが居なくなったあと、この猫は餌の当てが突然になくなり苦労することになる。
今すぐ餌をあげるのを止めなければならない。どんなに寒くても、家には入れてはならない。
もし飼うのであれば、北海道に連れていくことを念頭におかなければならない。
ムラ曰く、犬は人と一緒に住む感じだが、猫はその土地自体に住みつく動物なのだそう。
北海道になんて連れていけるのだろうか?場所が変わると気が狂うっていう説もあり。
どうする? どうしよ? どうする? どうしよ? どうする? どうしよ? 

そんな風な葛藤はありながらも、毎日、なんだかんだクロちゃんと遊んでいた。

「おまえ、北海道に行きたい?」

「そうだよな、そんな寒いところに行きたくないよな 友達とお別れだもんな」

「でも、もし来てくれたらなら、おじさん、一生キミを大切にするよ」

ムラは相変わらず動物は飼わないと言う。しかし僕が飼うのは構わないよと。だからクロちゃんを飼いたいのなら、それは僕の猫だと。私の猫じゃないと。それはめちゃくちゃな理屈なのだが、彼女が本当はどうしたいのかを、僕は知っている。
ネッキンの死の時に思ったのは、動物を飼うってことはそいつの死も一緒に引き受けるってこと。だからまず何よりもその覚悟があるのか、ないのか?を考えなければならない。そして僕はまたあの思いをすることになっても、この猫とこれからも一緒に居たいと考えた。クロちゃんはどう思っているのかはわからないが…。でも決めた。

クロちゃんの特訓はじまる。
まず、トイレ。あと移動に慣れさせること。なんせ生粋の野良猫様。自由な生き物。
ネッキンの時のトイレのしつけには全く苦労しなかったのだが、クロちゃんにはかなり苦労した。無理矢理押し込んでも、頑として入らない。市販の猫砂は掘ることすらしない。まいったな…。トイレができないと移動中に膀胱炎になっちゃう。
閃いて、公園の砂場から砂をハイシャクしてトイレを作った。最終的にはこれで一発オーケー。
車の移動もかなり苦手(これは今でも)。少しづつドライブの時間を増やしていく。あまり慣れていかない。こんなに鳴きっぱなしで北海道までもつのだろうか?例の「猫の長距離移動は狂う可能性大」説がかなり心配。まじで狂うかも。

北海道行きまでは、もう時間がない。その事実を知らないのはクロちゃんだけ。

なんとかギリギリで完璧な家猫として生まれ変わったクロちゃん。よくできました。

さて、行こう!クロちゃん、この景色見納めだよ。
いよいよ出発の時、覚悟したのか、意外にも自らゲージに入った。 

案の定、家を出た時から鳴きっ、パナシ、パナシで新潟着。そこからフェリー。海を渡ることになった東京の野良猫、船上のピアニスト。「ピアノ」の語源はイタリア語で「跳ねるように歩く猫のような音」という意味。うそ。
フェリー内のペット用の部屋はクロちゃんの貸切。かわるがわる様子を見に行く。ガイコツ面がさらにほっそりとして見える。声も弱々しくなってしまっている。ご免な。もうちょっと辛抱してな。

結局、クロちゃんは狂うことなく北海道に上陸した。ついに車に慣れることなく平沢。
せつない顔で車中でうんこをすること数回。よくがんばった!
今回の引越しで一番心配だった難題が解決した。ほっ。乾杯!

クロちゃんとこの地でお互いに手探りの生活がはじまった。
この地にきても、東京で感じたたくましさは健在。というより逆に際立つ。
まずは、この家の周りに居た数匹の猫達に御挨拶。ここら辺に居る猫は、土地柄のせいか、みんなんのんびりしている。彼らと比べるとクロちゃんの気性の荒さがやけに目立つ。東京に居るときは、東京のもやし猫、地元の荒くれ猫に追い掛け回される図、というのを想像していたのだが、実際は全くの逆だった。木に登るスピードも周りの猫とは比べ物にならないぐらいに速い。これは大丈夫だな。もうおまえは道産子猫だ。

クロちゃんとの生活が長くなればなるほど、猫は本当に変わった動物だと思う。
自分の隣に居ても、何か隣に居ない感覚。同じ空間に居ても、違う次元に生きているなって感じる。猫には猫の世界があり、そこには人間は入っていけない。きまぐれに、あちらからこちらに来ることはあっても…。そのたまに噛み合う瞬間が最高にたのしい。どんな束縛も嫌い、絶対に服従しない。合わせない。僕にとっての猫は、少々大げさだが自由の象徴だ(どんな自由やねん…)

そして何より好きなところは、鳴いたり、甘えたり、怒ったりすることはあっても、いつも彼らの心の底は静寂な感じがするってこと。それがすごく達観している風に見える。猫をずっと見ていると、正直、あっちの方がよっぽど精神的には進んでいると思えることもしばしば。
人間様はいまだに他者との比較でしか自分の幸せを感じられないというおそまつなレベルに居るもんな。日々あの心持で暮らしていけたなら、楽だろうに。

「33歳IT企業社長、でも俺って負け組みかも?」 とほほ。

お日様に当りながら、何か遠くをじっと見ているようで、見ていないようで…。
心のまんなかには何もありません。だけど、そこはお日様のおかげでぽっかぽか。
今日の晩ごはんは何かにゃ?かつおぶしさえあればしあわせ…。
そういう大人に僕はなりたい。
わけではない。
人は人としての役目があるから。

そういえば、この秋、平沢をもの凄い雷雨が襲った日があった。
雷もこの山奥では「ピカッ!ゴロー!!」なんて悠長じゃない。
「バチッ!!」って轟音が響いた後、家の中どこかが白く光った。その後、髪の毛がセルロイドの下敷き静電気で昔遊んだときのように、さわーって逆立った。

「こっ、こりゃ、まじでヤバい」

断続的に雷は落ち続けている。
めちゃくちゃ怖いんだけど、どこにも行きようもない。
本当に命の危険を感じた。一緒に居たクロちゃんも固まってしまっている。
突然クロちゃんが1階に降りていった。
そうだ!動物は本能的に一番安全な場所を知っているはず。
クロちゃんが僕を安全な場所に案内してくれるに違いない!
冷蔵庫の横、台所のシンクの中、畳の縁とか。人間にとっては一見危なさそうで、思いも寄らない場所が、実は安全なんだって知ってるはず!
そこは何処なんだ?クロちゃん!俺も連れてってくれ!
クロちゃんの後を追いかけ、僕も下りた。
しかしクロちゃんが向かったのは、教科書通りの台所のテーブルの下だった。

「ぜっ、全然、普通やん!!」

と軽くつっこみつつも、一応念のために僕もテーブルの下にお邪魔させてもらった。

「クロちゃん、死ぬ時は一緒だよ」

(この時、ムラはプリン小屋に居たのだが、その雷で停電。作業も中止だったそう。電柱に雷が落ち、電流が電線から電話線に移り、僕の家のFAXは壊れた。テレビの裏がフッ飛んだ家もあったらしい)

たまに、僕の家をうろついたばかりにここに連れられてくることになったこの
猫の運命のおもしろさを思う。
おいクロよ、おまえずいぶんと遠くまで連れてこられちゃったな。
でも、なかなか良いところだろ? 水だって湧き水なんだぜ。

そして僕は今日も相変わらず、クロちゃんの頭を撫でながらに求婚しているのだが、そのときはネッキンもの分も撫でてあげているつもりだ。頭の中でクロちゃんの顔にネッキンの顔をダブらせて。絶対にネッキンはあっちで気持ちよがってる。目を細めてる。
そのことをムラにこの前話したら、

「ふーん、かっこつけちゃって!」だと。




今週読んだ105円本
「哲学」 島田紳助 松本人志著